そうだ 京都へ行こう     -- 1 -- 









  「早く早く」


絶対に見せたい物があるからと、そう言って望美が走り出した。


清水坂と呼ばれる松原通をのんびりと歩いて登ってきた一行は、
産寧坂を左手に過ぎた頃、つまりはちょうど目の前の視界に清水寺を捉えた頃から望美のテンションが上がって来て、
陶器をのんびり見ようと思っていた弁慶や
西陣織の店を眺めたかった朔や
生八つ橋の試食を楽しみにしていた景時を慌てさせたのだった。


  「ま、こうなるとは思ってたけどな」


  「でも兄さん、先輩が八つ橋の試食をスルーするのは初めてだろう」


  「それだけ『見せたい』んだろうな」


  「怒ると思うんだけど」


  「だろうな」


  「俺、知らないぜ」


  「俺だって」











  「京都に行ってみませんか?」


そう弁慶が言い出したのは、運悪く4月の初日、世間でいうところの『エープリール・フール』の日だったから


  「やだなぁ、弁慶さんってば!」


と望美にウケてしまった。

しかし、弁慶にしてみれば『エープリール・フール』を知らないのだから、
何故、望美にウケて笑い転げられているのかが逆に分からなかった。


  「あ、あの……その『エープリール・フール』というものが、どういったものかは分かりませんが
   明日から二泊三日でどうかと思って、みなさんの御都合をお伺いしているところなんですよ」


  「え? ほ、本当に京都……ですか」


  「はい」


  「どういう経緯で京都旅行ってことになったんだ、弁慶?」


  「実は、知りあいの方が、京都に遊びに来ないかと誘ってくださって」


  「誘って下さってって言っても、俺達全員で行って大丈夫なんですか?」


  「ええ譲君、あちらでは我々八葉に望美さん朔殿の十人でどうぞと仰ってくださっているのですよ。
   ヒノエの大学合格祝いと、望美さん、将臣君、譲君の進級祝いも兼ねてと思いましてね」


  「ナイスだプランだぜ、弁慶。ま、俺や譲はともかく、
   追試やばかったからなぁ、望美の進級祝いってのは実に感慨深いと言うか」


  「ま、将臣君、将臣君、後ろ」


  「え!?」


弁慶の言葉に振り返ろうとするのだが、将臣の全神経が振り返ることを拒んでいた。


……タラリ……嫌な汗が流れる。


古典的表現が、実はリアルであったことを実感した瞬間、将臣の意識が途切れた。


  「で、どうやって行くんですか、弁慶さん」


赤くなった右手の拳に息を吹きかけながら、望美が明るく言った。


  「車は止めて下さいよ。正月で懲りましたから」


譲が慌てて言葉を差し挟む。


  「ふふふ、そう仰るだろうと思っていましたので」


と、弁慶は何やら紙の束を懐から取りだした。


  「何ですか?」


そう言って弁慶から渡されたそれを見つめて、望美が喜んだ。


  「あ、やった! 新幹線だ」


  「しかも『のぞみ』の指定席じゃないですか。どうしたんです?」


  「どうしたって、嫌だな譲君、買ったんですよ」


  「そりゃあそうでしょう。
   だけど俺が聞きたいのは、明日からの京都旅行2泊3日に行けない人がいたら、
   この切符はどうするのかってことですよ」


  「大丈夫ですよ」


  「え?」


  「実は、ヒノエには了承済みですし、それ以外の八葉と朔殿の都合も既に伺っておりましたので」


  「じゃあ」


  「ええ。望美さんと譲君、将臣君の3人が大丈夫な様でしたら、と」


  「なぁんだ、そうと決まったら、旅行の用意をしなくっちゃ」


そう言って、いそいそと望美は帰っていった。


  「新横浜7時発の『のぞみ』303ですから!」


弁慶は去っていく望美の背に向かって叫んだのだった。







新幹線が新横浜を出発してから30分程が経過した。


  「それにしても新幹線『のぞみ』とはね」


  「どうかしたのだろうか、ヒノエ?」


  「ベタな親父ギャグだと思っただけさ」


  「『おやじぎゃぐ』?」


  「ヒノエ、何か言いましたか?」


  「いいや、別に」


  「そうですか」


通路を挿んで反対側の座席では新横浜を出発してからずっと、
景時が持参した『るぶぶ』と『じゃりん』の京都地図を見ながら弁慶が景時、九郎と何やら相談しているのだった。


  「ですからね」


  「いや〜〜、でもやっぱりここは外せないだろうね〜〜」


  「そうすると、宇治まではちょっと時間的にきつくなりますね」


  「どうしますか、九郎?」


  「あ、ああ」


  「橋姫神社や宇治上神社は、今回は難しいかもね〜〜」


  「ああ」


  「九郎……」


  「無理無理ってね〜〜、九郎は外の景色に夢中だからね〜〜」


正しくは弁慶と景時で相談していて、九郎は空返事をするだけで
窓の外の、時速200km以上で吹き飛んでいく風景を一心不乱に眺めていた。


その時、後ろの座席から身を乗り出して望美が弁慶に話しかける。


  「弁慶さん」


  「何ですか、望美さん?」


  「お願いがあるのですが」


  「何でしょう」


  「私、京都に行ったら、是非弁慶さんに見せたい所があるんです」


  「見せたい所? 僕に、ですか?」


  「はい。弁慶さんに是非見せたい所なんです」


  「うれしいな。望美さんがそんなに熱心に僕を誘ってくれる所なんて、どちらでしょうね」











  「早く早く! 将臣君、はやくみんなの分の入場券買ってきてよ!」


  「俺!? 俺が買うのかよ!」


  「ケチケチしない! 早くしなさい!」


  「ったく! なんで俺が」


  「ああ、将臣君。大丈夫ですよ」


そういって弁慶は、新幹線の切符の時と同様に、懐から清水寺入場券を十枚、取りだしたのだった。


  「いつの間に!」


  「ふふふ、そこまで驚いていただけると、嬉しいですね。
   それに、将臣君たちの進級祝いも兼ねているのですから、
   その将臣君にお金を出していただこうとは思っていませんから御安心ください」


  「ラッキー」


  「へぇ、妙に太っ腹じゃん、弁慶おっさん


  「ええ、感謝してくれてかまいませんよ、ヒノエ」


  「オレの大学合格祝いでもあるんだよな」


  「ええ、そうですよ。可愛いの大学合格ですからね。こんな嬉しいことはありませんよ」


  「(相場で火だるまの奴がよく言うぜ)」


  「何か?」


  「いえ、感謝してるよ、オ・ジ・サ・ン」







望美は真っ直ぐ仁王門を通り越して、三重塔を右手に朝倉堂へと進む。


  「おいおい望美、一般の観光客ルートは右手を進んで回廊から『舞台』だろう」


  「いいからこっち!」


と望美は朝倉堂の脇に置いてある石を指さした。


  「弁慶さん、こっちこっち」


  「? 望美さん、これは?」


  「(やっぱり)」


  「(兄さん、どうするんだよ)」


  「(知るか! あんな好奇心に満ちあふれた嬉しそうな望美を誰が止められる?)」


  「これは『弁慶の足形石』です」


  「『弁慶ぼくの……』」


  「へぇ、『足形石』ね。随分と足がでかかったんだね、弁慶おっさん


  「さ、さすがは、望美さんの世界の弁慶は偉丈夫なのですね」


やっとのことで言い返した弁慶に、望美が追い打ちを浴びせる。


  「是非、弁慶さん本人に足を比べてみて欲しかったんです」


  「え? や……、あの」


  「神子姫は本当に面白いことを思いつくね。さすがの弁慶おっさんも言葉を失ってるじゃん。
   こんな2尺もありそうな足形と弁慶おっさんの足を比べさせようなんて」


  「1尺7寸、約50cmだな」


  「そうなの、将臣君?」


  「お前、それも知らずにこんな朝っぱらから、清水くんだりまで俺達を連れてきたのか」


  「一般に『弁慶の足形』と言われてますが、『平景清』のものだとも言われています。
   ま、どちらにしろ実際の人間の足形ではないのは一目瞭然でしょう」


  「それにしても、扁平足なのだな」


  「あははは、敦盛、それは言っては」


  「望美さん、わざわざ、京で是非見せたいものとは、これのことだったのですか?」


  「はい、これも見せたかったものの1つです」


  「『これも』?」


  「先輩、もうそのくらいで」


  「こっちの世界の京都、特にここ清水寺にはこっちの世界の『弁慶』さん縁のものが結構あるんです」


  「そうなのですか」


  「それを実際に異世界の弁慶さんに見てもらって、
   こっちの『弁慶』さんも、それなりにみんなに愛されていたんだって知ってもらえたら嬉しいな、
   って、そう思っただけなんです」


  「望美さん……」


  「こっちの世界の『弁慶』さんは、確かに弁慶さんの美意識には合わない、いかつい人でしょうけど」


  「分かりました。そうですね、正しく知らずに先入観だけで嫌っていても仕方ないですからね」


  「そうですよ! じゃあ、次に行きます!」


  「ええ、御案内、お願いしますね」


  「一見、すごく真面目な意見に聞こえるけど」


  「ああ、『一見』な。望美のガラじゃない」


  「やっぱり兄さんもそう思うかい?」


  「何年、望美あいつに引っ張り回されてると思ってんだ、分からないわけないだろう」


  「八葉のみんなとは年季が違うからな」


  「望美あいつ、絶対に面白がってるだけだろうな」


  「弁慶さん、怒り出さなきゃいいけど……」


  「ま、そいつぁ大丈夫だろうぜ」







本堂裏手に回る一行。
そこには貫の木の目に沿って深さ2センチほどの溝とも傷とも判別つかないものが延々と続いていた。


  「これは?」


  「『弁慶の指跡』。そう言い伝えられています」


  「こんなに指で引っ掻いたら、爪の間に棘の1つも刺さってしまうでしょうね」


  「弁慶さん」


  「はい?」


  「向こうの世界で、こんなこと、やってません?」


  「え? や、嫌だなぁ。何で僕が」


  「だって昔、弁慶さんと九郎さん、ヤンチャだったって聞きましたよ」


  「え? 俺もか? 突然、話を振るな」


  「まあ、そうですね。僕も九郎も、多少はそういう、ハメを外すことも若い頃にはありましたが……。
   でも、僕はこんなこと、してませんよ」


  「そうですか、安心しました。じゃ、次に行きましょう」


弁慶はみんなが次に向かって行った後に、『弁慶の指跡』に右手の人差し指を置き、
ツツツと少しだけ擦っては微笑んで、急いでみんなのあとを追った。
その様子を物陰から窺っていた影2つ。


  「やっぱりね」


  「弁慶殿は、懐かしんでおられたのだろうか」


  「さあね。でも、ありゃあ、『やってた』な」












10/03/01 UP

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